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岡山、神戸、岐阜への旅 その3

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右が塩見鮮一郎『ハルハ河幻想』。
左が『司馬遼太郎はなぜノモンハンを書かなかったか』という本。著者の北川四郎さんは、元外交官の立場から『ノモンハンー元満州国外交官の証言』という本も出しています。

以前にも書きましたが、国民的作家、司馬遼太郎、村上春樹がどのように「満州、ノモンハン」を扱ったのかに興味があります。それについて短い文章も書きました。
結論だけいうと、国民的作家はまさにその国民の無意識的願望に応えるように、巧妙にノモンハンの核心に迫るのをスルーした、ということ。
司馬遼太郎は、資料を集めるだけ集めて、結局書かなかった。もし書いたら「怒りで死んでしまう」という理由までもらしているのに。
村上春樹は、小説『ねじまき鳥クロニクル』や、エッセイの取材で現地に飛んでいる。しかも、中国側、モンゴル側から二度も取材を試みている。村上の評価は難しいかもしれません。読む人によっては、「核心を衝いている」と評価するでしょう。でも、私にはそう読めなかった。ノモンハンは、彼の小説世界のファンタジーをより強化する役割で利用されているように思えたし、「辺境」をテーマにしたエッセイでも、同じだった。

あ。岡山の旅について書いていたのでした。。

小説『ハルハ河幻想』には、岡山市内の小学校が出てくるのです。路面電車の平面停留所「中納言」から歩いて数分のところ。
三勲(さんくん)小学校といいます。


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これが現在の三勲小学校の正門。

それにしても「三勲」っていうネーミング、あまり聞いたことないですねえ。
「勲」は、勲章とか殊勲など、なんとなし戦前のイメージが読み取れるのかなあと思いながらネットで調べてみると、ハイ、わかりました。

三勲は、かつて肉弾三勇士などがありましたが、戦後は三羽烏ですね。御三家とかもある。
その日本人が好きな3を使って、時の天皇のため命をかけて仕えた三大忠臣、和気清麻呂、児島高徳、楠正行のことだそうです。なぜこの三人をチョイスしたか、ここでは深くツッコミません。
とにかく、その3人を祀った神社が、かつて岡山市の操山(みさおやま)山腹にあった。三勲神社です。
戦時中の匂いが濃厚なこの神社は、戦後なくなりました。ご神体だけ、どこかにひっそりと祀られているはず。で、小学校名に、その名が残ったというわけです。


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小説に出てくるのは、こちらの旧校門の方です。これは戦前、おそらく大正年間に造られたもの。
この旧校門の反対側、この下の写真でいえば道路左側、三階建ての建物が、小説『ハルハ河』では、たばこ屋をかねた文房具店です。
小説を引用すると、こんな感じ。


《門のむかいに、木造の二階家が並んでいる。「たばこ」の看板のある右端の家を除いて、しもた屋だった。タバコのケースの左側のガラス戸にも明りはない。夕闇と同じ暗さが、店のうちを領している。ついにきた、とも、やっぱりきてしまった、とも思った。うしろめたい気もあった。ふりかえると、春葉がいて、ぼくを見つめているような。》


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「ぼく」が「春葉」の実家を訪ねて、東京からはるばるやって来たシーンです。

小説『ハルハ河幻想』は、やや複雑な構成になっています。
小説の時間は、1980年頃。「春葉」という男は、塩見氏自身がモデルと思われます。
(ただし、この三勲小学校旧校門前の店が「春葉」の実家という設定は架空もの)
小説の語り部は「ぼく」。編集者を辞めたばかりの売れない作家という人物。これも塩見氏がモデルのようです。

この「ぼく」と「春葉」は、この三勲小のシーンの1年ほど前に、東京で結成された、中国を旅する訪問団に加わって、他の十数名のメンバーといっしょに、旧満州の各地を旅した経験があります。そして、旅順、奉天、新京、ハルピンと、旧満州国の奥深くへと旅をする。そして、ついにハルピンで「春葉」がひとり失踪する。行方知れずとなる。

小説は、「春葉」が失踪し、彼以外の訪問団は全員帰国したところから始まります。消えた「春葉」が、いったいなぜ、どこへ行ってしまったのかを、ミステリーチックに解き明かしていくというもの。
しかも、小説内小説として、売れない作家「ぼく」が、小説として書いていくという構成です。そして、中国訪問団に加わった者全員が、それぞれの立場から、不在の「春葉」について、彼の失踪について語っていく。

「春葉」という男は、生まれてすぐ、父親がノモンハンで戦死しているわけです。
この設定は、塩見氏自身と重なります。
ちなみに、「春葉」は、ハルハ河からきている。この河を挟んで、主に日ソの正規軍が対峙し激戦となりました。両者合わせて2万人以上の戦死者が出ているといわれています。昭和14年。太平洋戦争開戦前の歴史です。
そして「春葉」は、父親の死後、四十年近くたって、父親の死の意味を探るかのような旅をする。
父親が戦死したノモンハンには行けなかったが(当時の中国は、まだ自由に旅行できません)、ハルピンという旧満州国の辺境の街にまで行った。その間、様々に見聞を広げ、特異な体験もして、「春葉」はある種の真相、いや深層に触れたのではないか。
それを、もうひとりの分身「ぼく」が、解き明かしていくという物語です。
複雑な構成が、かえって客観性を担保し、私事に淫しない物語になっている気がします。

これは、神田の文藝学校で、塩見氏本人から教えていただいてることですが、小説は構成がイノチだということ。空間的にも時間的にも、立体的に構成された小説は厚みや深みがあります。それに、言葉はすぐに「我」という手垢にまみれますから、ある程度構成を複雑化することで、作品を構築する言葉から距離が保てる。あ、これみんな、教室における氏の言葉を私なりに解釈しているだけですが……。

小説『ハルハ河幻想』は、もう図書館でしか読めません。古本サイトで何冊か出てますが。
私としては、この小説の刊行直後、『浅草弾左衛門』という近代以降隠蔽されてきた歴史ロマンを、塩見氏が掘り出して行ったことに意味を見い出したいわけです。

ま、それはさておき。
今回は、岡山紀行でした。。

旧校門の近くにこんな理髪店がありました。小説にもチラリと出てきたかな。


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グランドの角を曲がって、校舎の裏手へと歩いてみました。小説でも、「ぼく」が歩いている描写もあるんで……。
でも、ここまでいくと、オタク的かな。。


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三勲小というだけあって、歴史を感じる遺物が学校のあちこちに残っている気がします。
これはもう使われていない裏門かと思われます。


三勲小のまわりだけでもいろいろありましたが、岡山市には、まだたくさん昭和の遺物が現役で残っていまして、歩いていて嬉しくなったりもします。でも、これは私の勝手な思いであって、街の人は、近代化から取り残された負の遺産として映るのかもしれませんね。


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さて、そろそろ平面停留所「中納言」に戻って、路面電車の終点「東山」へと向かわねば。
老舗のキビ団子屋の前で待っていると、ちょうどやってきたのは、ヨーロッパで走っているような二両連結のカッコイイ車両です。こんなのもあるんだぁ~と、ややコーフンして乗り込みます。


おしゃれな岡山電気軌道.jpg IMG_2366.JPG


中はこんな感じ。
ビールでも買ってくればよかったなあ、と思いきや、あっという間に終点に到着しました。



続く








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コメント 8

やまおじさん

こちらでは、はじめまして、です。
塩見さんのファンを自認していますが、それほど読みこんでいなくて、『ハルハ河幻想』を図書館でみつけて読みはじめたところです。
わかけんさんのサイトもブログも、つい最近知りました。
たくさん教えられることがあって、うれしいです。
by やまおじさん (2015-05-18 20:40) 

長野のせんせ

路面電車を残している都市は人々の暮らしが地についているようですね。岡山といえば中山下(なかさんげ)という停留所を思い出します。半世紀近く前岡山城が復元されて間もなく知り合いのつてで出かけました。
話変わって、『こぼし』に書きましたが明日までやっている安島太佳由さんの写真展はおすすめです。一見の価値があります。
by 長野のせんせ (2015-05-19 04:29) 

wakaken

こちらこそはじめまして。
ブログ、いつも拝読しています。
「お、こんな本があるのか」と、いつも参考にしています。
すごい読書家でいらっしゃいますね。
写真も楽しみに見ております。
『ハルハ河』の書評もよろしくお願いします。
by wakaken (2015-05-19 11:06) 

wakaken

せんせは岡山にも行かれてますか!
しかも半世紀近く前。
S・Sさんが、お母様と、歩いていたかもしれませんね。
安島太佳由、調べてみます。
いつもありがとうございます。
by wakaken (2015-05-19 11:11) 

1001

ジジが言った「床屋」は、中納言電停、元祖吉備団子屋の向かいで。
わかさん撮影の理髪店はごく最近できたのでしょうよ。
by 1001 (2015-05-23 02:45) 

1001

ジジが行った、です。訂正します。
by 1001 (2015-05-23 02:46) 

wakaken

「中納言電停、元祖吉備団子屋の向かい」のバーバーは、
前回のブログの写真に映ってますか。
息子か孫が継いでいるのかもしれませんね。
by wakaken (2015-05-23 07:45) 

1001

ああ、ほんとだ。
ねじりん棒が写っていますね。初代が死ぬと
未亡人は筆頭理髪師と再婚し、
危機を乗り越えましたよ。
ふたりの間に子ができたとしても、65になるね。
by 1001 (2015-05-23 18:35) 

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